『旧広島市民球場内野…』

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広島の野球人にとっての聖地なんだろう。

おいらは名古屋で育った。ナゴヤ球場はある意味聖地。中学野球の時にチームとしてここで野球した。中部圏大会の決勝で負けたけども。そして何度も何度もドラゴンズの試合をライトスタンドで観た。82年の優勝の時などは本当に興奮した。この球場、今はもう練習場としてしか使われていない。小学校の時は今はもうない国鉄八事球場で名古屋市大会の決勝まで戦った。第一回の選抜野球大会は実は名古屋で開かれたのだが、その球場で戦った時何か思いもよらない感慨に耽った思いがある、小学校6年生だったけども。ここは変則的な球場だった。そんな球場でも、今でも思い出す。今はもうその球場はない。

但しこう言うのはおいらみたいに野球やっていた人だけの感慨だろう。

旧広島市民球場は広島の人、広島の野球人にとってもっとエモーショナルな、センチメンタルな部分が大きいのだろう。自分でプレーしていない人でも野球に対しての感情は非常に大きなものがある。これは日本人にはよくある話だ。リーガロイヤルホテル広島のバンケットで旧広島市民球場の思い出を語る会で、カープOB選手会会長の長谷部さんなどは語ってらした。

歴史から学ぶべきものは多い筈だ。53年間戦後復興の象徴として、かつて広島で最も明るい場所と言われたこの球場。寂しさの向こう側に何か見つけ出し、同じ過ちを繰り返さないこと、それが歴史を学ぶと言うことなんだと思う。旧広島市民球場の封鎖解体に続く道はまだまだ続いているのだ。

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Posted by xyzken