『そのシーンでは謝罪は禁止で···』

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我が家は早く帰宅した方が夕飯を作る。

 

それは平日の話である。休日は奥さんからオーダーが来る。これが食べたいね、と。いや、良いんですよ。日頃、洗濯とか、アイロンとか、してもらっているから夕飯作るくらいね。なんてことない話である。おいらは、料理しながら洗い物したりして、手際良いし。最近は味付けにも気を遣って奥さんに味見させたりしてね、一緒に作るのは楽しい。

 

昨日は、寒いところから帰宅したから、朝、おいらがお風呂洗ったし、帰宅後に即お風呂を入れて奥さんを入浴させる。その間、おいらは夕飯作る。

 

昨日はゴルゴンゾーラと黒トリュフチーズのほうれん草クリームパスタ。いや、写真撮れば良かったわ。

 

お風呂上がりでホカホカになった頃に茹で上がるようにパスタを湯掻いて、ソースに絡める。そして、夕飯だよ、と呼びにいく。そしたら、ゴメンね、と言う。

 

ダメ。

 

ゴメンじゃなくて、ありがとうでしょ?と。ご飯作るのなんて当たり前の話じゃないけどさ、どちらかが作ればそれで良い話。作らなかったからゴメンなさいは、ダメ。ありがとうで良い。謝る場面じゃないからね。

 

これ、つい最近、電車に乗る時に駅員が車椅子の人を乗せるのに、周りの乗客に『ご迷惑をかけております』と言う事に付いての記事があったけど、同じ構図だ。謝るのは違うと言う意味では同じことだな。その乗客たち、迷惑と思っていない。駅員がそう思うのは間違い。

 

ご協力ありがとうございました、の方が気持ち良い。

 

狭い車内で空きスペースを作ってくれてありがとうございました、と言えば良い話である。車椅子の乗客、1人だけのことかも知れないが、人間誰しも1人で生きていける訳ではない。だからこそ、協力する場面では、家庭内であろうと、日常のシーンであろうと、ありがとうを基軸に他とのコミュニケーションをした方が気持ち良いはずだ。謝られると、車椅子の人が肩身が狭くなるはずだが、そんな恩着せがましいオペレーションは再考すべし。生きていて迷惑なのか?たまたま車椅子なだけだろう。

 

迷惑、と思うのは、自己都合優先し過ぎ。謝ればそれで良いなんて、昔の考えの浅い日本人と同じだ。

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Posted by xyzken