『義祖母に向け、弔慰・・・』

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先日、Europa来訪の前に日程の調整をし、神戸在住の妻の父方の祖母のお見舞いに行ってきました。

その時は危篤状態であり病院に行った際には意識はありませんでした。義父から聞いていましたので覚悟はして、会話がもう出来ないことは分かっては居ました。しかしながら、話しかけると何処かしらで聞こえているのではないだろうか、と言うような感覚になりましてね。それは妻も同じだったようです。一緒に暮らしている訳ではないので毎日顔を会わせる機会は無い訳です。故に、いつかはお別れが来るものと思っているものの、人間勝手なものでまた会えると言うように思ってしまうものです。いや、寧ろ「またね」、と言う言葉はその都合の良い別れを補うためにあるのやも知れません。毎日一緒に居ない家族形態であればその言葉を信じてまた次に会う機会を探しましょう、と思いつつその場を離れる訳ですのでね。。。

しかし、先日神戸にお見舞いに行った時は、心の中で本当に最後かも知れないけど、だからこそ神戸のマンションに泊めていただいたこと、美味しいすき焼きをいただいたこと、三宮の地下街で一緒にお茶をいただいたこと、愛する妻へ投げかけていただいた笑顔のこと、自宅で普通に使っている夫婦箸をいただいたこと、等など、その時聞こえているかどうかは確認のしようがありませんでしたが、感謝の意を伝えました。この方がいるからこそ、義父が生まれ、そして妻が生まれた訳ですから。いらっしゃらなければ僕は妻と結婚できていませんからね。

全てのことに感謝を申し上げ、神戸を離れたのでした。

妻に聞いたところ、宗旨宗派が分からないとのことでしたが、哀悼の意を唱えるに際しては、またその気持を天に召された祖母に伝えるにあたっては宗教は関係ないと思っています。大変残念ながら、我々昨晩よりMilanoにおりまして、家族葬で行われるお通夜、お葬式には参列できませんが、Milanoで弔慰を表したいと思います。僕自身、今まで敢えて避けてきたので実は中に入ったことがないのですが、今日初めてDuomoの中に入ってお祈りを捧げてきたいと思っております。

2005年に日本に帰り、その際ご挨拶をして以来、本当にお世話になりました。また我々の結婚式にも来ていただき、ありがとうございました。10年と言う短い間でしたが、僕の祖母にもなってもらい、ありがとうございました。また朋子のことを可愛がっていただきましてありがとうございました。

安らかにお眠りください。

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Posted by xyzken