『龍村光峯にて・・・』

今年の6月に京都に旅行で来た時は奥さんが熱出して、諸々予定をキャンセルしたのだが、その時龍村光峯の工房見学喪キャンセルしていた。
その後、奥さんは1人で出張の寄り道で訪問したらしいが、ここでの体験をまるで何も伝えてくれないまま、おいらは工房見学に来た。正直、何が始まるのか何も分らないまま、説明が始まったのだが徐々にと言うか、これはとんでもない場所に来たことを把握した。感じられなかったら、日本男児の心が廃る。
一言で言うと素晴らしい。
これは日本が誇る文化である。
当主の祖父は教科書に載るような方で、実際法隆寺夢殿にあった錦の再現をされたり、様々な国宝級の織物の再現をされたり。
知らない世界でしたが、デジタル化されたこのご時世でアナログのスタイルで錦織を追求されており、全ての日本人が知るべき事項である。実際、教科書に載るようなレベルでは済まない。これは、なんとはなしに修学旅行でお寺を見学するくらいならこの世界観をこの京都で聞いた方が余程素晴らしいし、世の中に残すべきものであることが理解されると思う。

機織りを見学させて頂いたが、兎に角この技術はずっと継承されてきた日本文化の集大成である。この穴の空いた紙は折模様のデザインの再現性を来して作られたジャガードであるが、こう言った紙も最早作り手が沢山いる訳ではないらしい。作りとしてはかなり頑丈にできているようだが、昔ながらの知恵の集約がある。現代の科学では勿論こう言った機械は自動化されており、以前は豊田自動織機や村田製作所がこのような機械を更に精緻化していったようである。

杼(ひ:英語ではshuttleと言う糸通し)は大分の赤松を20年乾燥させてからだったり、糸通しの穴は清水焼を使用したり、杼の先は真鍮を使用したり、と、それぞれに伝統技能が伝承されてこそ成り立つ。使われていくうちに徐々に手垢が付き、それがまた良い色合いとなるだけではなく、自然と物として良くなるようである。

奥さんは錦織の端切れでピアスを作っていたが、この端切れには永代からの技術のコスモが集約されている。










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