『ワールドカップ終戦から一日経ち・・・』
考えてみれば、高校、浪人時代はワールドカップは他人ごとだった。
1994年の7月、遠くEnglandはYorkと言う場所で留学先で知り合った友人とテレビでワールドカップを観戦していた。England人、France人、そしておいら。そう、アメリカ大会ではその3ヶ国とも出場していない。自分たちの国が出られていない状況と言う意味では同じではあったが、一度も出場したことがない日本とは違い、優勝経験国のEnglandが出られてないことはとても大きなことだった筈である。France代表は、1993年11月17日、フランス・パリのパルク・デ・プランスで行われたFIFAワールドカップアメリカ大会のヨーロッパ地区予選最終戦において、フランス代表とブルガリア代表の試合で、ブルガリアが試合終了間際の決勝ゴールにより出場権を獲得した。フランス国民は目の前のホームゲームでフランスが予選敗退した事を目の当たりにした訳である。◯◯の悲劇なんて言うことでは呼ばれていないようであるが、いずれにしても出られなかったことを喜ぶ自国民は居ないだろう。その後フランスは1998年の自国開催で優勝を果たす訳であるが、負けた後に何をするべきか、それを真剣に考えねばならないタイミングに来ていると思う。
我が日本代表は、幸いにも5回連続してワールドカップに出られているが、今のところ所詮ベスト16止まり。
その先に行きたいと言う選手の結果的に「大言壮語」になってしまった言葉を信じ、心底応援をし、サポートしてきたが、今回はグループリーグで敗退。戦犯探しと言うくだらない話を進めても生産性はまるでない。いわゆる失敗論、失敗学と呼べる分野の手法で何故行けないのか、世界との乖離点は何なのか、それを探り、解決策を見出すべきなのである。今回、監督の采配が駄目だったとか言うことが話されているが、それ以前に選手の個々のレベルを含めて日本は世界から遠くレベルが引き離されていたことに残酷なまでに気付かされた。いや、2013年11月のベルギー、オランダとの戦いの遠征の際に出来たことがある程度継続的に出来ないとダメと言うことでもある。選手同士が噛み合えばOKだけれども、チームとして機能しないと総崩れになるという危険性があることが図らずも明確化された訳である。
クラブチームとは異なり、たまにしか集まれないメンバーを束ねて代表チームを形成することは、代表監督をされたことがある人にしか分からないことなのかも知れないが、マスメディアを通してのサッカー観戦ではなく、もっとサッカーに付いてのしっかりとした観戦の仕方を学んでいかねばならないんだろうね。
以前、1998年、2010年のワールドカップの監督だった岡田さんと数回食事を共にさせていただいたことがあるが、個々のクラブチームでの課題を相当細かく指示し、それが為されない場合には呼ばないと言うことなどを仰っていた。詳細は避けるがやはり細やかな指示のもと、最低限代表チームとして機能するよう個々の選手をまとめ上げていったそうだ。そして選手は選ばれたいし、上手くなりたいと言うことからしっかりとそれを聞き入れてパフォーマンスを出していたようである。選手が監督に対してそっぽ向いて指示に従わないと言うことなどが常態化すると大概監督は更迭される。しかし、岡田さんは明確に態度を決めて選手に使わないことなどをはっきり告げたが、それでもチームとしてはまとまった。そんな話をお聞きした。
マスメディアから漏れてくる情報に惑わされることなく、最近では自分がメディアとして情報発信することも出来る。監督に情報発信してくれとは言わないが、それでも自国の代表がどのようなサッカーをしていくべきなのか、はっきりとさせていく必要があるんだろう。1994年の夏、出場できていない3ヶ国のサポーター三人はそれぞれに思いを抱きながらブラジル対イタリアを観戦していたのだが、ピッチ上で繰り広げられているサッカーに対しての意見はそれぞれ違っていた筈。
今回完全に力の差を見せつけられて負けた。この折だからこそ、日本としてはどのようなサッカーをしていくべきか、しっかりと考えていきたいと思った。少なくとも、5回連続して夢の舞台で舞うことが出来たことには感謝しつつ、ただそれだけではダメで、その先のサッカーのことを考えていきたい。いや、考えるべきだな。そうでなければ、いずれ1994年のEnglandのようにサッカーの母国と言われているような国ですら出場できないことが、たとえアジアでも日本がワールドカップに出られないと言うことが起きるかも知れないから。
うーん、全然まとまらない。。。。。。。。。。。。。
もやっとしたままだ。




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