『絶対負けられない戦いがある・・・』

テレ朝じゃないけど、絶対負けられない戦いがある、時がある。
だからネギトロ丼とミニうどんにしようかと思ったけど敢えてのカツ丼に。科学だの論理だの言っている人に限って験担ぎするの好きなのではないかと。。スポーツのように験担ぎするのが当たり前の世界とはまたちょっと違ってね。コンサルタントのおいらは、ここぞと言う時しか験担ぎしないのだけどさ。あんまり神頼みだのなんだのって自分の中心に神様がいるような人間とはまるで異なりますんで。別に神様を毛嫌いしている訳ではない。それは決してないな。でも、神様にすがって、頼って、そればっかりで、、なんて言う宗教の人間とは程遠いことは間違いない。もし、宗教がお布施の金額や、自分に合わない教義を信じないと信者にしないって言う話になったら、それは単なる拝金主義で宗教ではない。税制優遇されている宗教が金に走るのは最悪だけど、人の心の中を支配しようとするのは間違い。基本的に宗教者は受動的であるべき。能動的な宗教者は一言で言えば胡散臭い。ICUはそういう意味でおいらによく合っていたな。全く宗教関係なく卒業したし。クリスチャンも居たけど、おいらには一ミリも関係なかった。クリスチャンが嫌いな訳では勿論ないし、クリスチャンが信じていることはそれはそれで良いのでは?と思っていたけど、毎朝礼拝しろだの、寄付金出せとか、そういうくだらないこと一切無かったからね。礼拝したって何も変わらん。祈る数が多いと偉いなんて言う極論につながる発想しかないのであれば、キリスト教だろうが仏教だろうとヒンズーだろうとイスラムであろうと勝手にしてろって感じにしかならない。
そんなおいらが、ホントに珍しく神さんに祈った。
それもランチに託けて。。。
で、そんなカツ丼で勝つ、なんて言うダジャレで験担ぎして神頼み的なことをしているおいらに、おいらの心の中のLittle KENならず、神様曰く、、、、
「お前は勝手だ。そんなたまにしか祈らん奴の言うこと聞いてられるか?こちとら何億人も相手にしておるんじゃ」と。
「でもまぁ待てよ、神さんよ。そんな毎度毎度神頼みしとらんでしょうに?それこそ何億、何十億もいる中で毎日毎日頼むぜ神さんよ、なんて言う面倒な奴よりごくたまになんだからたまには優遇してくれよ」
と反駁しておいた。
「おぉ、そうかそうか。毎日すがって努力しない奴とは確かに違うな。確かに毎年年始には律儀に初詣行くし、お賽銭入れるしね。やることやってんじゃん。まぁ、それなら聞いてやるよ」と。
って、更に今回は自分の事ではない話。
自分のことで神頼みしたことなんて40年生きていてほぼゼロ。う~ん、あるかな?ないと思う。心底神さんに祈ったことなんてあるんかいな?それよりか、家族だな。家族の幸不幸の時は祈ってる。でも、誰に祈っているんだろうね…?例えば父親のガンの手術の時はわざわざMilanoから帰ってきたけど、成田に迎えに来てもらった時の運転手が父親で、何のために帰ってきたんだおいらは、ってちょっとガッカリしたけど、それでも父親のために帰国して祈った。でも誰に?分からんな。運を全て神さんが司っているなんてこと1000000%ない。手術が無事に終わるか、何て言うのは事前の検査に基づいてベストな術式で行うことによる確率論の問題。但し、その確率論の世界ではなんとも出来ないのが運。一々そのなんともならんことを祈っているか?結果論でしか判断出来ないことが絶対あって、それを神さんのおかげじゃ、なんて、逆に神さんが恥ずかしがるよ、きっと…。
(おれ、君のために特に今回何もしてないんだけどさぁ…)
ってね。俺って言うかどうかは知らんけど。
ま、何にせよ、今回の験担ぎは自分のためではありませぬ。でも自分の事と同じ大切さ。だから一番、二番の問題ではない。0番目に大事な人に願いを込めて。頼んまっせ、神さんよ!おいらの全てなのだ。絶対に負けられない戦い、意味分かるでしょ?上から見てるんだろうし?
今度カツ丼奢ってやるからさ!







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