『当事者意識と値付け…』
以前いたDeloitte時代、某地方の官公庁のクライアントに対してチームのSenior Managerが腐心していたのが〝適正〟プライスの話だった。
端的に言えばクライアント側は値段も分からないし兎に角安くしたい。こちらサイドはチャージテーブルはあるし業界価格は当然知っている。そこにあるギャップは何か。それを考えると当事者意識なんだよね。
物事知らないと言うことは恥ずかしいことではないと以前のエントリーでも書いた。しかし知らないままフンゾリ返っていることが許される訳ではない。そこで何をするか、がランクが高い人程問われる。いわゆる外注、コンサルと呼ばれる類のものは世の中にゴチャマンとあるだろう。実際、90年代からアウトソーシングなる言葉が流行り、自社内で全て自己完結せずとも良いと言う流れが出来た。逆に外出しすれば安くなるファンクションは何か、と自己を見つめ直し内部から切り離せるものは切り離した。ITやら経理やら、いわゆるバックオフィス系の業務はアウトソーシングしている企業が多い。
しかし、戦略立案も外注するところは意外と昔から多いのだ。
マッキンゼーやBCG、カーニーやらが戦略コンサルと言われている部類に入るか、必ずしも自社内にリソースがいないから外注するわけではないところが戦略系の特徴である。そもそも自分のところで出来ないから外注する、と言うコンテクストでコンサルを呼ぶだけではなく、取締役会でファクトベースで外部の人間からの助言やまとめられた資料を含めて背中を押して欲しいからコンサルを雇う場合も多々あるから。以前オチャラケた横文字3文字で自分たちを経営コンサルだ、と称し価値観の分からない学生から講習料を取り自己研鑽をさせる、と言ったグループに抱き込まれていた自分があったのだが、チャンチャラおかしくなってしまう。。と言うか自省の念に駆られる。主催者にある意味上手く与せられたと言えるのだが講師の立場で呼ばれて好い気になっていたのだと思う、今思えば。
話を元に戻すがクライアントとコンサル側の溝があるケースで見られるのはクライアント側の当事者意識の問題に起因する場合が多い。
そもそも何を変えよう、としているのかの見極めが間違っていたりそれが欠落している場合、コンサルなど雇う意味はない。高い買い物をするだけだ。また導入のプロセスを間違ってしまうと、コンサルを雇う意味が半減どころかむしろマイナスになる。このことは、2008年8月号のHarvard Business Reviewの記事の中にある『フェアプロセス』と言う記事が大変参考になるので一読を薦める。簡単にまとめると、当事者が目的整合的に、コミュニケーションを厚くし、双方のコミットする機会を適切に作ると言うことが重要だ言えるのではないだろうか。
先日自分の大学の学長以下アドミ関連と同窓会側の会食会儀があった。しかし、理想ばかり並べ立て、祈りや望みばかりを伝えられる。。。こちらは大学側が何かを変えたいと言ってきているから歩み寄り具体的なFeasibility studyをしようとスキームを組む提案をしたのに、具体的に現存する問題に目が届いていない。特にある女性の重要役職の者などおいらの在学中から教鞭を取っていてその当時から非常に評判が悪かったが今もやはり変わらずだった。よくアカデミック業界は象牙の塔:Ivory Towerなどと揶揄されるがそれの典型パターンである。
祈っていて事が進むのであればいくらでも祈る。。。。
しかし世の中偶然の産物として帰結するものばかりではなく、むしろ放っておくと物事良くなくなることが大半だ。そこに当事者意識が欠落していると安穏としたまま物事が悪くなる方向に導く。出席者の中には最早ロジカルに物事を考えられる能力の欠落したある種老害とも言える者もいたが、そう言った方々には早期にご退場賜り、本当に何かを変えたいと思う人によって全てのステークホルダーにとってハッピーになる帰結へ向け努力をしていきたいものである。







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