『第174回 Blog考…』

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なんか今更なんですがBlogについての考察。後輩のBlogに書いた自分のコメントをベースに書いてます。

Blogは言わずもがなですが、WEB+LOGの造語である。まぁ、これが英語って言うのも何だか面白いと言えば面白いのであるが、そんなことは今はどうでも良い。Blogのメディア的な特性(1)は、情報発信するためのツールとしては、メールとは違って不特定多数に対してのメッセージ配信が可能なツールであると言える。つまり誰が読むのか分からないものである。そのため、Blogは荒らされる可能性もある。これは実は結構大きな問題だったりする。まぁ、悪用される可能性があるのはメールも同じだが…(実際今成りすましで困っている…)更に、コンテンツ的な特性はと言えば、多分に〝日記〟的な側面があると言える。

Blogのメディア的な特性について少し掘り下げると、巷でよく言われているとおりインタラクティブ性が高いのだが、メールなどとのインタラクティブ性とは少し質的に違うと言える。実は多くの人が勘違いしていると思われるのだが、既存メディアであったとしてもインタラクティブ性はある。例えば手紙を書く。これ、返信すると言う行為に何ら違いはないわけであるが、即時性が違うと言うだけの話である。インターネットメールのインタラクティブ性の特性としては、開封通知やら既読かどうかなどを調べる事ができると言う点などであるが、手紙などの2次元媒体とは違う側面は多々ある。

話をBlogのインタラクティブ性に戻す。

Blogはインターネットサイトの一つであるから、インタラクティブ性が強くて当たり前と言えば当たり前なのであるが、Blogが普通のWEBサイトと違う点をいくつか上げるとコメントが書ける点であろう。チャット程の即時性はないものの、コメントに対してのコメントなどが同じメディア上に書けることがインタラクティブ性の特性の一つとして挙げられると思う。つまり、〝書き込み〟ができると言う行為である。更に、RSSの機能を利用すれば情報が更新されたことをBlogにアクセスせずとも知ることができることもあげられる。これは実はインタラクティブ性と言うよりも、多層的に、また相互補完的な機能であるために、インタラクティブ性と言うのとは少し違う。

情報発信する際の特徴として、Blogは、メルマガの欠点をWEBのユーティリティーが補足しているような状態にあると言える。以下少しスペースを割いてメルマガ、MLについて記述する。

メルマガの特性として、サブスクライブしない限り読まれないと言う事があげられる。つまり、まぐまぐなどのサイトで登録するとか、MLの機能を使って情報発信者が一方通行的に情報を流したりするものに登録したりするとかの手続きを踏まなければならない。更に、メルマガの欠点として、登録時の購読意欲に反して余りにも頻繁に配信されるために読まないと言う人も多い。これは一度サブスクライブした後に、購読解除の手続きが分かり難かったりする、と言う事に起因する。

一方、Blogは購読登録せずとも読める。が、勿論WEB特有の問題でURLを知らなければアクセスできない。しかし、前述のRSSの機能などによってSNSなど他のメディアとの複合的な機能により更新されたことを知らせることができる。SNSについても触れておかねば話が見え難いと思うので下記に少々SNSの特性を書き記す。

Googleが始めたOrkut、日本で言えばGree、Mixi、フレマ、キヌガサなどがあるが、SNS自体の説明はここでは省く。(詳しくはここ)SNSなどの登録は、基本的に既知の人間同士で、読者側の能動的な行為によって行われる。つまり、友達からの紹介、と言う形でしか原則入会できないわけである。RSSは、読者に更新したことを自動的に知らせる機能だが、読者が能動的にSNSを登録しているために、状態としてはプルとプッシュ型の両方の機能を兼ね備えた情報流布である。

再び話をBlogに戻す。

手続き的に煩雑なものを省いている点と、WEBのユーティリティーを複合化している点、また機能的に読者の能動性が保たれている事、さらに情報発信者が全く知らない人ではないと言う点から考えると、読者がもう少し成熟してくるともっとコメントが書き込まれたりするのではないか、などと思う。そうすると相乗効果でもっと情報発信者も成熟してくるような気がする。尤も、別にこうでなければ、と言うような、べき論的な書き方はないので、どう書こうと自由である。ある意味日記だから。

もう少し、インタラクティブと言う点について書くと、書き手が間接的な一次メディアとしてBlogを位置付けてある意味一方通行的に書き記したと思っていても、そのトピックを元に読者は二次的に(この場合、往々にして直接的に)他のメディア、例えばメール、若しくは直接会った時などに感想を述べたりしていると思う。意外と直接意見をくれる人が多いと思う。メールとか会った時とかにである。

また、Blog自体のアトリビューションとは別に、Blogの読者のことを少し書けば、現段階はやっとBlogが広がってきたためか、まだBlogの読者は成熟していないと言える。未成熟性がどのようなところに現れるかと言うと、双方向性にまだ戸惑いを覚え、特性を活かして利用している人がまだ少ないということである。具体的に言えば、ここにコメントを書いても良いものか?と言う戸惑いがあるのではないかと思う。何故なら自分のコメントがそのまま情報発信者のBlogに残ってしまうからである。一部、コメントをコメント発信者本人と情報発信者本人に限定させて公開する方法を持つBlogもある。が、しかし、既にコメントを常々書き込んでいる人にとってはこの機能自体はそれ程意味を成さないし、コメントを書き込むことを躊躇してきた人にとっては、公開されること云々よりも書き込むと言う行為自体に戸惑いを感じているため、公開、非公開の問題以前の話だったりすると思われる。コメントを書き込むか、と言う行為に関しては、留守番電話が普及した時になかなか伝言を残さない人が多かったのと似ていると拝察される。やはり読者の皆さまは意外とシャイなのか、それとも、意識下でBlogはまだ普通の情報系のサイトと同じでしょ、と言うことくらいの認識しかないのかも知れない。つまり、まだ一方通行的要素のみにベネフィットを感じているに過ぎない状態にある人が多いと言う事である。

ただ、Blogの読者の属性、資質、未成熟性が上記のようにいくつか上げられるものの、なかなかコメントを書いてくれないとは言え、書き込み禁止にしたりしない限り情報発信者に対してコメントなどが書ける状態にあることは厳然たる事実としてあるわけであり、このことがBlogの特性を壊したりするものではないことは明らかである。Blogの普及の広がり具合が進むに連れて、読者のBlogに対する姿勢も徐々に変わっていくものと思われる。

更に、情報発信者について言及する。Blgo自体、Blogの読者の特性が上記の通りだとすると、情報発信者としてはどこまで個人的な会話のようなやり取りをして良いものか、若干考えることが多い(前述のとおり誰が読んでるか分からないから、余り個人的になってもなぁ、などと思うのである…)。情報発信者としては、余りプライベートなことを書き連ねてもなぁ、などと思いつつ、ある意味これはWEB上の公開日記みたいなものであり何を書こうともそれは情報発信者の嗜好の問題である、と言う事も言える。特に統計などをとった訳ではないが、明らかにBlogは自己顕示欲の具現化装置であるからだ。その点から考えると、仮にBlogを日記として位置付けている人が多いとすると、読者として戸惑いが多いのもある意味当たり前である。つまり、通常日記は日記を書いている人の属人的自己満足に多分に依拠して書かれるものであり、他人に見せることを前提としていないものであることを鑑みると、それをWEB上で公開していること自体がある意味稀有であり特殊なことであるために、〝人の秘密を除いてしまって良いのか?〟と言うような心理状態になることは容易に想像できるからである。あまつさえ、その日記にコメントなどを書いてしまって良いのか?と躊躇する心理状態になることはこれまた容易に想像できる。

何か大したこと書いてませんが、Blogについて思うことをツラツラと書いてみました。

今後ともどうぞご贔屓に。。。

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Posted by xyzken